「ようこそ日本へ」

感心させられた日本の大学生

「日本では駅や公園などにあるベンチは、屋外のものであろうと屋内のものであろうと、座ることが出来るかどうかを調べる必要はない。なぜなら日本は清潔だからである。」


世界中から流入してくる情報。
すばらしい技術。革新的な思想。心動かす芸術。

時には中国の都市計画や漢字文化に学び、
時には欧州の産業技術を模倣し、
時にはアメリカ的消費スタイルに憧れ、
時には共産主義思想に熱狂し、
時には東南アジア風デザインが流行する。

日本はそうやって外部から多くのものを取り入れ、消化してゆくことで成長してきました。
しかし、取り込んだなにかを消化し切れなかった時、具合が悪くなってしまうことが何度かありました。
現在の経済不振も、そのひとつでしょう。

とにかく、そういった外部からの新鮮な情報や考え方によって、ついつい忘れがちになってしまう今まで上手に消化し獲得してきたり、本来日本が持ち得ている美徳。そこのところだけは無くさないように心がけていけたらいいな、と思います。アナクロな考え方というのではなく。

「金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。実に、貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない。ほんものの平等精神が[われわれはみな同じ人間だと心底から信ずる心が]、社会の隅々まで浸透しているのである。
ヨーロッパが日本からその教訓を新しく学ぶのはいつの日であろうか-かつて古代ギリシア人がよく知っていた調和・節度・渋みの教訓を-。
しかし、日本が私たちを改宗させるのではなくて、私たちが日本を邪道に陥れることになりそうである。すでに上流階級の衣装、家屋、絵画、生活全体が、西洋との接触によって汚れてきた。渋みのある美しさと調和をもつ古い伝統を知りたいと思うならば、今では一般大衆の中に求めなければならない」

バジール・ホール・チェンバレン(英) 1850年~1935年 「日本事物誌2」高梨健吉訳
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by gqgweb | 2008-11-10 12:11 | ■日常感想