「君住む街へ」

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・・・・・・・・・・・・・・・オフコース
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by gqgweb | 2008-08-27 10:36 | ★音楽採集★

歩いて携帯を充電できる外付け充電器

「米M2E Powerは8月25日、歩くなどの簡単な動きで発電し、携帯電話などを充電できる外付け充電器を開発したと発表した。

歩行などの継続した動作を6時間行えば、携帯電話で30~60分通話できるだけの充電が可能という。」


そういえばちょっと前に村上春樹の
「走ることについて語るときに僕の語ること」を読みました。
読んだあと、ちょっと走ってみようかな、と思ったんですが、思っただけでした。

今まで何度もジョギングやウォーキングを始めてみたのですが、長く続いたためしがありません。
自分のあまりの根気の無さに毎回驚いちゃいます。

そんな自分でも、目的地があると苦もなく歩けたりするので、以前は自宅から5キロくらい離れた
場所にオフィスを構えて、往復10キロを日々自転車か徒歩で3年ほど通い続けていました。

仕事場が都内になっちゃってからはさすがに歩いて行けないので、今ではすっかり動いてないです。

で、上記の記事の充電器。これはなかなか画期的ですね。発電する万歩計みたいで。
これがあるともしかしたら充電目的で走ったり歩いたりできそうな予感がします。
あくまで予感ですが。

後、都市に震災が起きて、帰宅難民になってしまった時、役に立ちそうです。
それにしても6時間継続した動作を続けるのって大変そうだ。
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by gqgweb | 2008-08-26 15:12 | ■物品感想

「残暑」

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・・・・・・・・・・・・・・・松任谷由実

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by gqgweb | 2008-08-22 17:19 | ★音楽採集★

「伝説の人々」

「あの伝説」に東原亜希がコメント 「頑張ってる選手に失礼です」

「史上最低のメダル獲得数となった北京五輪柔道男子。「元凶」は現地で観戦しているタレントの東原亜希さんにあるのではないかと、囁かれている。これに対し東原さんは2008年8月16日のブログで「選手に失礼です」とコメントしている。」


本日、野球の韓国戦で、日本は2-6で負けちゃいましたね。
北京オリンピックもまもなく終わりです。
このオリンピックでも、いろいろな裏名場面や裏伝説が生まれていました。

そのひとつが、この「東原亜希伝説」。
伝説のまとめサイトを閲覧してみると、そのもの凄さがわかります。
オリンピック以前からその伝説をあげてみれば

* 初出はドリームキャストのキャンペーンガール→他機種に惨敗
* 世界中でほぼ敵なし状態であった井上康生と付き合うも直後アテネオリンピック四回戦敗退
* 東原が初観戦に訪れた05年1月の嘉納杯で右大胸筋断裂の大けが
* 今年入籍するもオリンピック代表からも外れ引退となる
* K-1グランプリ 応援してた選手が全員敗退
* PRIDEの番組にテレビ出演し、東原以外全員がヒョードルの勝利を予想。東原1人だけミルコの勝利を予想。」・・・ヒョードル
* 消費者金融のディックのCMキャラ→全店舗閉鎖
* マックの宣伝イベント に出る→寄生虫発生
* デスブログに「うまい棒」の話題→うまい棒工場延焼
* 井上康生と東原亜希が帝国ホテルで結婚披露宴を行うとの発表。→帝国ホテルで火災発生。
* アサヒビールのキャンペーンガール→アサヒビールが首位転落
* 厚生労働省のキャンペーンガール→年金問題、「産む機械」、肝炎
* にわか阪神ファン発言→マジック点灯と好調だった阪神が、2勝8敗と大ブレーキ
* 細木数子「あんたは他人の運気を吸い取る女だから気をつけなさい」→細木和子全番組降板
* 甲子園 「決勝では常葉菊川を応援します」 → 大阪桐蔭17-0常葉菊川
* 井上夫妻をテーマに書いたミスチルの新曲→売れずに惨敗
* 自信のブログが「デスブログ」と呼ばれる
* 競馬予想38連敗
* 本命にあげた馬が三回も骨折
* 超大本命でも東原が選ぶと惨敗
* 武豊をはじめ数々の騎手に自分が騎乗する馬は「本命にしないでくれ」といわれる
* 二十連敗したときは新聞にまで報じられる
* 『スーパー競馬』のレギュラーになってわずか3ヶ月後に番組終了。『スーパー競馬』20年の歴史を閉じる
* 「ウオッカ以外の全馬の名前をデスノートに書いときます」→馬インフルエンザ蔓延。中央競馬中止。ついでにウオッカも故障
* カワカミプリンセス秋華賞のプレゼンター→次走エリザベス女王杯1位入線降着→Vマイル惨敗→骨折長期休養
* 2007年7月1日放送の『ジャンクSPORTS』に出演した際、武幸四郎騎手から「もうカンベンしてください」 と懇願された東原は「名前いっぱい書いてやりますから!」と逆切れ。2ヶ月後の9月9日、武幸四郎は札幌の利尻特別で落馬。検査の結果、全身打撲、左肺挫傷、左肋骨骨折の重傷と判明
* 競馬ノートを付けており「デスノート」とスタッフに呼ばれていた

* マラソン野口みずきを激励→故障で北京欠場。
* まだ一度も会ったことのない谷本歩は見事2大会連続のオール一本勝ちで金メダル。
* 壮行会に参加予定が行けず、観戦もできなかった柔道上野雅恵選手→金メダル獲得。
* フェンシング太田に元気わけあたえに行きたい→決勝で破れ金逃がす。
* 競泳東原北島を熱烈応援→北島世界新記録を逃す。半ケツ
* 200mバタフライ決勝を観戦→中西5位に涙の敗退。
* 男子体操個人観戦中→内村あん馬で落下、富田吊り輪で落下。
柔道会場に移動後→内村奇跡の逆転銀メダル。
* 柔道開始時間に無事間に合った東原。試合前日デスブログ上に名前を載せられた鈴木桂治、北京にてあえなく一本負けで初戦敗退。
敗者復活なるも、一回戦試合開始早々一本負け。同日女子柔道中澤さえも初戦敗退。
* フジテレビに解説で出ている、夫・康生(元100キロ級代表)の価値が無くなる。
* 友人と日本-キューバ戦を観戦。星野JAPAN大事な初戦を落とす。
前日に先発投手ダルビッシュに元気を分け与えていたことをブログ掲載で発覚。
* 星野JAPAN韓国戦を観戦。同点の終盤アンラッキーなヒット、エラーが続き敗れる。
* マラソンコースを視察「固い地面だ」・・・故障
* SANYOの炊飯器を使ってることをブログで書く・・・オグシオ惨敗


凄まじいデス。

このての「伝説」でいえば、小倉智昭が観戦に来るとメダルがとれるっていうのもありました。
これは選手の家族にもずいぶん浸透していたらしく、小倉待ちの応援団が結構いたようです。

それから
「北島選手世界新で金メダル! 予言されていた!? 」(うらたん)
って話もありました。
これもちょっとビックリです。

この他、伝説じゃないんだけれど、笑っちゃったのは
北京オリンピックで世界中の報道陣に配られた携帯ラジオの北京五輪ロゴマークシールを剥がすと、小倉優子が出てきちゃうって話。
「北京オリンピックで「小倉優子のラジオ」が配られた!?真相は」
事実なだけに「なんだろう?」感満載でした。

足跡花火CG騒動、独唱少女クチパクの話題、女子レスリング会場に江頭2:50登場等々、非常に興味深かった今回のオリンピック。
まだ終わっていないので、最後までその珍妙具合も、感動とともに味わってみたいと思います。
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by gqgweb | 2008-08-22 16:57 | ■催事感想

「I'm in The Mood For Dancing」

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I'm in The Mood For Dancing(←YouTube)
・・・・・・・・・・・・・・・Nolans
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by gqgweb | 2008-08-18 17:41 | ★音楽採集★

「七夕の夜に」

<ギョーザ中毒>中国政府からの通報は7月7日…被害発生で

「中国製冷凍ギョーザ中毒事件の被害が6月に中国国内でも発生していた問題で、外務省は12日、中国政府から日本政府に通報があったのは北海道洞爺湖サミット初日の7月7日だったことを明らかにした。」

七夕の夜の出来事だったんですね。

織姫がどちらで、彦星がどちらだったんでしょうね。
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by gqgweb | 2008-08-12 19:05 | ■事件感想

「恋するカレン」

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恋するカレン
(←YouTube)
・・・・・・・・・・・・・・・大滝詠一
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by gqgweb | 2008-08-08 19:53 | ★音楽採集★

「中国無双」

北京五輪今夜開幕 150万人で警備

いよいよ北京オリンピックが開幕です。
いろいろな意味で、世界中から注目されている北京オリンピック。

考えてみたら、僕がこのブログを始めた年は、ちょうど4年前のアテネ五輪の年でした。
今読み返してみると、あのオリンピックでは、元司祭だっていう変な人が男子マラソンに乱入してしまったりして、警備が万全とはいえませんでした。

ところで、今回の北京オリンピックでは、「完全な五輪」をめざす中国が、今日の開会式に向け150万人を超す警備要員を配備するということです。

150万人!!

関が原の戦いがおおげさに言って東西両軍合わせて約20万人、湾岸戦争侵攻時の連合軍側が約26万人で対するイラク軍総兵数が約37万人、未曾有の災害、関東大震災での死者、行方不明者数が約14万人っていわれていますから、オリンピックの開会式警備だけで150万人っていうのが、いかにすごい人数かってことがわかります。

これで何か起きてしまうと、逆に烏合の衆って言われかねないですけれど。

とにかく、こんな規模の国とは、何があっても戦争なんかしたくないですね。
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by gqgweb | 2008-08-08 12:11 | ■噂話感想

「天才バカボン」

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天才バカボン(←YouTube)
・・・・・・・・・・・・・・・天才バカボン
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by gqgweb | 2008-08-07 14:19 | ★音楽採集★

「これでいいのだ」

<赤塚不二夫さん>葬儀でタモリさん弔辞…私もあなたの作品

「天真爛漫(らんまん)に「生涯ギャグ道」を貫いた漫画家、赤塚不二夫さんの葬儀が7日午前10時半から東京都中野区の宝仙寺で営まれた。赤塚さんのアシスタントだった古谷三敏さん、北見けんいちさんら親しい人々やファンら約1200人に送られた。 」

タモリさんの弔辞

「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。

 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。

 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないなら、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。

 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。

 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。

 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」
(産経ニュース)

あまりに心うつ名文。
タモリさんは真っ白な紙を手に、この弔辞を述べていたといいます。

赤塚先生、おやすみなさい。
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by gqgweb | 2008-08-07 14:12 | ■人物感想